名古屋市中区三の丸&丸の内界隈ぶらり



 ・三の丸 さんのまる界隈・・・尾張藩重職の武家屋敷跡だった。帝冠様式の市役所、愛知県庁をはじめとする緑豊かな官庁街。
 ・愛知縣護國神社・・・1868(M元)年にあった戊辰戦争の戦没者を奉祀するため、翌年徳川慶勝が創建したものです。当初は昭和区川名山にあったのですが、北区の名城公園を経て1935(S10)年、現在地に移転しています。太平洋戦争までの戦没者、93,000人の方が眠っておられます。
・那古野神社・・・創建は醍醐天皇の御代、延喜11年(911年)と伝わる。津島牛頭天王社(つしまごずてんのうしゃ、現在の津島神社)を総本社とする天王社のひとつで、当初は亀尾天王社と呼ばれた。天文元年(1532年)の合戦で社殿を焼失したが、天文8年(1540年)織田信秀により再建されている。 創建時より若宮八幡社と隣接していたが、慶長15年(1610年)の名古屋城築城の際に、当神社のみ三の丸の郭内に取り込まれ、若宮八幡社は城外に遷座した。これより、三之丸天王社とも呼ばれ、城の総鎮守、城下町の氏神とされた。またこの時、新たに三之丸東照宮(現・名古屋東照宮)と隣接している。
・名古屋東照宮・・・尾張藩初代藩主徳川義直が、父徳川家康の三回忌である1618年(元和4年)に大祭を行い、翌1619年(元和5年)、名古屋城内三の丸に取り込んだ亀尾天王社(現在の那古野神社)の隣地に東照宮を勧請し、成瀬正成、竹腰正信を奉行にし、南天坊天海を導師とし9月17日家康の神像を祀ったのが創祀。三之丸東照宮とも呼ばれた。創建当時は本殿は権現造、楼門、唐門、渡殿、祭文殿等があった。



場 所:名古屋城管理事務所 TEL052-231-1700
住 所:〒460-0031 名古屋市中区丸の内
 名古屋城公式ホームページです。
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  ・愛知縣護國神社(愛知県護国神社)では愛知県ゆかりの御英霊九万三千余柱を、護國の大神としてお祀り申し上げております。祈祷や祭事、神前結婚式も行っています。最近はアジサイが境内に植えられ春は桜、初夏は紫陽花、秋は紅葉など四季折々の自然が境内を彩る
。 ・名古屋東照宮は江戸時代を通じて、例祭である東照宮祭は天王社の天王祭、若宮八幡社の若宮祭とならんで名古屋三大祭とされた。中でも東照宮祭は天保年間(1830年 - 1844年)までに名古屋最大の祭となり、太平洋戦争前までは「名古屋祭」と言えばこの東照宮祭を指していたという。
・那古野神社では江戸時代に天王祭が盛大に行われていました。天王祭は、東照宮祭、若宮祭とともに名古屋三大祭りに数えられ、名古屋城下を代表する祭りでした。最盛期には車楽(だんじり)2台と見舞車(みまいぐるま)10数台が曳き出される大変賑やかなものでした。 第二次世界大戦の空襲により社殿および山車のほとんどを焼失してしまい、現在はその面影を見ることができません。例祭の7月15日には車楽1台が境内に飾られ、16日には神輿の渡御が若宮八幡社へ行われます。那古野神社の境内に厄除けの公孫樹と呼ばれるイチョウの大木があります。この公孫樹は昭和20年3月19日の空襲によって被災してしまいました。しかし、その2〜3年後に新しい芽を出し始め、現在は写真のような立派な木に成長しました。このことから延命長寿の縁起の良い公孫樹とされています。


那古野神社
東照宮
護国神社
未定